投資と節約で頑張るアラフォーパパ

40代平凡サラリーマンの奮闘

ミニスカート、化粧、そして孤独の不思議な関係

街を歩いていると、ふと考えてしまう。
なぜ女性はミニスカートを履くのか。
なぜ胸の谷間がチラリと見える服を選ぶのか。

多くの男性はこう思う。
「見てもらいたいんだろ?」
いや、むしろそう思いたい。

しかし現実はもっと複雑だ。

ミニスカートは誰のため?

もし世の中から男性が一人もいなかったら、女性はミニスカートを履くだろうか?
答えは「YESでもありNOでもある」。

YES

女性は自分のためにもおしゃれをする。
ネイルや香水は、誰にも見せなくても「気分が上がる」からやる。
女子高や女子大でもミニスカ文化があるのはその証拠だ。

NO

今のファッション市場は、どう考えても「異性の目線」を前提に成り立っている。
胸元を強調するデザインや「脚長効果!」という売り文句は、完全に男性を意識している。
つまり、男がゼロの世界なら、そもそも“セクシー系ファッション”自体が生まれなかったかもしれない。

さらに現実を知ると、もっと面白い。
実はミニスカートを履くタイミングは、彼氏とのデートの前や後だったりする。
他の人の視線はほとんど気にしていない。
男性がじろじろ見るのは完全に余計なお世話なのだ。

電車の中の化粧直しも同じ

同じ構図は、電車で化粧を直す女性にも見られる。
鏡を見ながら口紅やアイラインを直す姿を見て、男性はつい思う。
「こんなに見られて恥ずかしくないのかな?」

しかし、ほとんどの人はまわりの視線を気にしていない
関心は自分の顔に向けられているだけ。
隣の人に見られるかどうかなんて二の次で、自己確認・自己満足が最優先なのだ。

見られることと孤独

ここで話は「孤独」につながる。
孤独とは必ずしも一人でいることではない。
むしろ町なかの人混みの中でこそ、強く感じやすい。

なぜなら、大勢の人に囲まれていても、誰も自分に関心を向けていないからだ。
人の多さが、逆に「無関心の多さ」を突きつけてくる。

たとえば――
一人でラーメンを食べているとき、店主が「替え玉いっとく?」と声をかけてくれれば温かい。
でも繁華街で何百人もの人とすれ違っても、誰ひとり「おかえり」と言ってくれなければ、深い孤独を感じる。

人間は「ほどよく見られたい」

結局、人は「見られること」で孤独を和らげている。
ただし、それは「じろじろ凝視されること」ではない。
ほんのちょっと、「気にしてもらえること」でいい。

女性がミニスカートを履いて「似合ってるね」と友達に言われる。
電車で化粧を直して、鏡の自分にうなずく。
街角で偶然、誰かが優しい視線を送ってくれる。

そんな小さな関わりの積み重ねが、孤独を薄めていくのだろう。

おわりに

ミニスカートも化粧直しも孤独も、テーマは違うようでいて実は同じだ。
人間は「見られたいけど見られすぎたくない」「ひとりでもいいけど無関心はつらい」という、なんともややこしい生き物だということ。

結論。
孤独とは、結局のところ「誰かにちょっとだけ気にされたいのに、気にされていない」ときに生まれる感覚なのだ。

……そう考えると、やっぱり人間はミニスカートと同じくらい、めんどくさい。

だからこそ人生が面白い。